「従業員の健康は会社の財産」――誰もがそう思っているでしょう。しかし、健康経営を導入したものの、思ったような効果が出なかったという企業も多いのではないでしょうか?

近年注目されている「健康経営」ですが、実は「健康経営=従業員の健康管理」という誤解が生まれ、本来の目的を見失っているケースも少なくありません。

この記事では、健康経営の落とし穴について、現役産業医が解説します。健康経営のデメリットや、ただ取り組むだけでは意味がない理由、成功させるためのポイントについて詳しく解説していきます。

健康経営に本気で取り組みたい経営者、人事担当者の方は必見です。

健康経営の基本とは

健康経営は、従業員の健康を経営の中心に据えることで、企業の成長や発展を目指す考え方です。従業員が健康でイキイキと働ける環境を作ることは、企業にとっても多くのメリットがあります。従業員の健康への投資は、単なる福利厚生ではなく、生産性向上や業績アップ、ひいては企業価値の向上に繋がるという長期的な視点を持つことが重要です。

健康経営とは何か?

健康経営とは、従業員の健康に投資することで、企業の生産性向上や業績アップ、さらには企業価値の向上を目指す経営手法のことです。従来の、従業員の健康は個人の責任とされてきた考え方とは異なり、従業員の健康を企業全体の重要な経営資源と捉えています。

イメージとしては、会社全体で「健康貯金」をしているようなものです。従業員一人ひとりが健康的な生活習慣を心がけたり、職場の環境を改善したりすることで、少しずつ「健康貯金」が貯まっていきます。そして、その貯金が、生産性向上や業績アップ、優秀な人材の確保、企業イメージの向上など、様々な形で企業に還元されるのです。

例えば、従業員が日々溜まった疲労を解消するために、仮眠室やマッサージチェアを導入する会社もあるでしょう。また、社員食堂で栄養バランスの取れた食事を提供したり、運動機会を提供したりするなど、従業員の健康を促進するための取り組みは多岐にわたります。

健康経営のメリットとは?

健康経営には、企業にとって多くのメリットがあります。

メリット 具体的な内容
生産性の向上 健康な従業員は、集中力やモチベーションが高く、質の高い仕事ができます。また、病気による欠勤も減るため、人材不足の解消にもつながります。
採用活動の強化 健康経営に取り組む企業は、求職者にとって魅力的な職場と映ります。そのため、優秀な人材を獲得しやすくなるというメリットがあります。
企業イメージの向上 健康経営に取り組む企業は、社会的に責任を果たしている企業として評価されます。その結果、企業イメージが向上し、顧客や取引先からの信頼獲得にもつながります。
コスト削減 従業員の健康状態が改善することで、医療費の負担を抑制できます。また、生産性向上による収益増加も見込めるため、結果的にコスト削減につながります。

健康経営優良法人の認定制度では、これらの指標を用いた評価を行い、従業員の健康保持増進のための取り組みと、経営面との関連性を明らかにしています。この認定を受けることで、企業は補助金申請時の加点や融資の優遇利率適用などのインセンティブを受けることができます。

健康経営の効果を測定する方法は?

健康経営の効果を測定する方法としては、以下の様な指標が考えられます。

  1. 従業員の健康状態に関する指標: 定期健康診断の結果や、健康に関するアンケート調査などを実施することで、従業員の健康状態を把握します。例えば、BMI(肥満度指数)や血圧、血糖値などの数値を計測し、経年変化を比較することで、健康状態の改善度合いを評価できます。
  2. 生産性に関する指標: 従業員一人当たりの売上高や、プロジェクトの完了率などを計測することで、従業員の生産性を把握します。健康経営の取り組みによって、従業員の集中力やモチベーションが向上し、結果として生産性向上につながったかを評価できます。
  3. 職場環境に関する指標: 従業員満足度調査や、ストレスチェックなどを実施することで、職場環境の満足度を把握します。例えば、職場の人間関係や仕事内容、労働時間などについて従業員の意見を収集し、改善すべき点がないかを分析します。
  4. 企業業績に関する指標: 売上高や利益率、従業員一人当たりの付加価値額などを計測することで、企業業績を把握します。健康経営への投資が、最終的に企業の業績向上に繋がっているかを評価します。

これらの指標を継続的に計測し、分析することで、健康経営の効果を客観的に評価することができます。

また、健康経営の効果は、すぐに現れるものではありません。企業規模や業種、従業員の健康状態によって、効果が現れるまでの期間は異なります。

健康経営は、長期的な視点に立って、継続的に取り組むことが重要です。

健康経営のデメリットとは

健康経営は、従業員の健康を大切にすることで、企業も元気になる素晴らしい取り組みです。しかし、どんなことにもメリットがあれば、デメリットもあります。健康経営で気をつけたいデメリットを押さえておきましょう。

健康経営のデメリットはあるのか?

結論から言うと、健康経営に、直接的なデメリットと呼べるものはありません。企業が健康経営に取り組むことで、従業員の健康増進、生産性向上、企業イメージ向上など、多くのメリットが期待できます。

しかし、その取り組み方によっては、期待した効果が得られなかったり、従業員に負担を感じさせてしまう可能性があります。

健康経営のデメリットについて具体例を挙げる

1. コストや手間がかかる

健康経営を導入するためには、従業員の健康診断の充実、健康増進プログラムの実施、職場環境の改善など、さまざまな取り組みが必要となります。これらの取り組みには、どうしてもコストや手間がかかってしまいます。

例えば、従来の健康診断に加えて、生活習慣病予防のための血液検査や、メンタルヘルスチェックなどのオプション検査を増やす場合、費用が発生します。

また、外部の専門家を招いて、食生活や運動に関するセミナーを開催したり、ヨガやストレッチなどの教室を開催したりする場合にも、費用がかかります。

さらに、健康増進プログラムの内容を検討したり、従業員の健康状態を把握するためのシステムを導入したりする場合には、担当者の負担が増える可能性があります。

2. 効果が出るまでに時間がかかる

健康経営は、すぐに効果が出るものではありません。従業員の健康状態や行動は、一朝一夕に変わるものではないため、長期的な視点で取り組む必要があります。

例えば、長年喫煙を続けてきた方が禁煙をするとなれば、最初は離脱症状に悩まされたり、ストレスを感じやすくなったりするなど、困難が伴うこともあります。

運動習慣のない方が、運動を習慣化するためにも、ある程度の時間と努力が必要です。

健康的な食事を意識したり、ストレスをうまく解消したりするなど、日々の心がけも大切ですが、効果を実感できるまでには時間がかかることを理解しておく必要があります。効果がなかなか現れなくても、諦めずに根気強く取り組み続けることが重要です。

3. 従業員にプレッシャーを与えてしまう可能性

健康経営は、従業員の健康を促進することが目的ですが、取り組み方によっては、従業員にプレッシャーを与えてしまう可能性があります。

例えば、健康増進プログラムへの参加を強制したり、健康状態に関する情報を過度に収集したりする場合には、従業員は監視されているように感じてしまい、それがストレスになってしまう可能性があります。

健康経営は、従業員の自主性を尊重し、無理のない範囲で取り組めるようにすることが重要です。

健康経営をただ取り組むだけでは意味がない理由は?

健康経営は、単に健康に関する取り組みを行うだけでは意味がありません。従業員の健康増進と企業の業績向上を結び付けるためには、戦略的な視点を持って取り組む必要があります。

健康経営優良法人の認定制度なども活用しながら、自社の課題や目標に合わせて、効果的な取り組みを選択・実施していくことが大切です。

健康経営優良法人とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人として、経済産業省と日本健康会議が共同で認定する制度です。

この認定を受けることで、企業イメージの向上や、従業員のモチベーション向上、さらには、国や地方自治体による補助金制度の利用や、融資の際の優遇措置を受けることができるなど、様々なメリットがあります。

例えば、中小企業が対象となる補助金制度の一つに、「IT導入補助金」があります。これは、業務効率化や生産性向上を目的としたITツールの導入費用の一部を補助する制度ですが、健康経営優良法人の認定を受けている場合は、審査において有利になる場合があります。

また、「事業再構築補助金」は、新規事業の立ち上げや、事業転換、業態転換などを支援する補助金制度ですが、健康経営優良法人の認定を受けている場合は、加点評価の対象となります。

さらに、日本政策金融公庫が提供する「働き方改革推進支援資金」は、働き方改革に取り組む企業に対して、低金利で融資を行う制度ですが、健康経営優良法人の認定を受けている場合は、さらに低い金利が適用される場合があります。

このように、健康経営優良法人の認定を受けることで、様々なメリットを享受することができます。

しかし、認定を受けることだけを目的とするのではなく、従業員の健康増進と企業の成長を両立させるという、健康経営の本質を理解した上で、取り組むことが重要です。

健康経営を成功させるためのポイント

健康経営は、企業が従業員の健康に投資することで、従業員の活力や生産性を向上させ、ひいては企業全体の成長につなげる経営戦略です。健康経営は、単に健康増進施策を導入すればよいというものではありません。従業員の健康状態や企業の課題を的確に把握し、戦略的に取り組むことが重要です。

従業員の健康があってこその企業活動です。健康経営は、航海の羅針盤のように、企業を成長へと導くための重要な指針と言えるでしょう。

まとめ

健康経営は、従業員の健康を経営資源と捉え、その向上によって企業全体の成長を目指す考え方です。しかし、健康経営は万能ではなく、コストや手間がかかる、効果が出るまでに時間がかかる、従業員にプレッシャーを与えてしまう可能性などのデメリットも存在します。健康経営を成功させるためには、従業員の主体性を重視し、長期的な視点で取り組み、経営層が率先して取り組む姿勢を見せることが重要です。適切な評価指標を設定し、企業の規模や業種に合わせた取り組みを行い、外部の専門機関との連携を図ることで、より効果的に健康経営を推進することができます。

産業医/健康経営エキスパートアドバイザー 角田拓実