「産業医って、会社の味方?」「何か相談したいけど、どうすればいいの?」職場環境や健康に関する悩みは尽きませんよね。特に、産業医に直接苦情を言いたいと思っても、その方法が分からず、不安に感じている人もいるかもしれません。

実は、2020年には、産業医が法廷に関与する機会が増加しているという報告も。これは、産業医の役割がますます重要視されている証拠と言えるでしょう。この記事では、産業医の役割や権限、そして、産業医に苦情を言いたい場合の手続きや注意点について、詳しく解説していきます。

産業医の役割と権限の解説

「産業医って、会社の味方でしょ?」「なんだか、よくわからない存在…」 職場環境や健康に関することになると、色々な疑問が湧いてきますよね。一体、どんな人たちで、どんな権限を持っているのでしょうか? 今回は、そんな産業医の役割や権限について、具体的な例を交えながら解説していきます。

産業医の役割について

産業医は、労働者の健康を守る「職場の保健室の先生」のような存在です。みなさんが、健康で快適に働くことができるよう、職場環境の改善や健康管理のアドバイスなどを行っています。具体的な役割としては、大きく分けて以下の3つが挙げられます。

  1. 職場環境の評価と改善: 職場を隅々までチェックし、労働環境が健康に悪影響を及ぼさないか調査します。例えば、工場で大きな機械を動かす音が響き渡り、騒音対策が不十分な場合や、オフィスが狭くて換気が悪く、感染症リスクが高いと判断した場合には、会社に対して改善を意見をします。他にも、長時間労働が常態化している職場では、労働時間管理システムの導入を提案することもあります。
  2. 健康教育・相談: 労働者向けに、健康に関するセミナーや講習会を開催します。例えば、食生活の改善や運動習慣の重要性、ストレスへの対処法などをわかりやすく解説します。また、肩こりや腰痛といった身体の悩みから、仕事とプライベートのバランス、人間関係の悩みなどのメンタルヘルス相談にも応じます。最近では、オンラインでの健康相談や、ストレスチェックの実施なども増えています。
  3. 健康診断の実施と結果に基づいた措置: 健康診断の結果に基づき、医師が必要と判断した場合は、労働者一人ひとりに面談を行い、具体的なアドバイスを行います。例えば、高血圧と診断された方には、減塩食や適度な運動を勧めるなど、生活習慣の改善指導を行います。また、業務内容や労働時間を見直すなど、就業上の措置を検討することもあります。

このように、産業医は労働者の健康を守るために、様々な活動を行っています。近年では、産業医が法廷に関与する機会も増えているという報告もあります。

産業医の権限と職務範囲

産業医は、労働安全衛生法という法律に基づき、労働者の健康を守るために必要な権限を与えられています。

例えば、精密機械の組み立て作業のように、高い集中力が必要とされる業務で、視力や集中力が低下している労働者がいた場合、産業医はその労働者に対して、一時的に別の業務への配置転換を勧告することができます。また、長時間のデスクワークで腰痛を抱えている労働者に対しては、作業時間の短縮や、人間工学に基づいた椅子の導入などを会社に勧告することができます。

しかし、産業医はあくまでも会社から委託を受けている立場であるため、会社に対して「強制力」を持つわけではありません。産業医は専門家として医学的な見地から会社に意見を述べますが、産業医の勧告に従うかどうかは、最終的には会社側の判断に委ねられます。会社と労働者の間で意見調整が難しい場合は、裁判に発展することもあります。

産業医は、労働者の健康を守る「専門家」として、会社と労働者の橋渡し役を担っています。産業医の職務範囲は多岐にわたり、近年増加傾向にあるという報告もあります。

産業医への苦情を言いたい場合の手続きと注意点

産業医に何か問題を感じて、「ちょっと話を聞いてほしいんだけど…」と思うこと、あるかもしれません。でも、誰に、どうやって相談すればいいのか、迷ってしまう人もいるでしょう。ここでは、産業医への苦情について、誰でもわかるように説明していきますね。

産業医への苦情の言い方と手順

いざ産業医に苦情を言うとなると、緊張するし、どうすればいいか悩んでしまいますよね。ポイントは、落ち着いて、自分の気持ちを伝えることです。

例えば、あなたが、会社から過度な残業を強いられていて、心身ともに疲弊しているとします。産業医に相談した際に、「みんな残業してるんだから、あなただけ特別扱いできないよ」と言われてしまったとしましょう。

このような場合、まず、産業医の言葉に傷ついたこと、そして、まだ体調が優れず、残業を減らす必要があると感じていることを、正直に伝えてみましょう。

それでも改善が見られない場合は、会社の人事部や労働組合などに相談してみましょう。産業医が企業から独立した立場であることを理解していても、会社と産業医の間には、目に見えない関係性が存在する可能性も否定できません。

この「目に見えない関係性」について、裁判の判例をもとに詳しく説明しましょう。

例えば、ある会社で、従業員が長時間労働によってうつ病を発症し、会社に対して損害賠償を求めた裁判があります。

この裁判では、産業医が会社側に有利なように、従業員の健康状態に関する報告書を作成していたことや、会社が産業医の意見を重視して、従業員の訴えを聞き入れなかったことが問題視されました。

裁判所は、「産業医は、会社と従業員のどちらの味方でもなく、中立的な立場で、従業員の健康を守る義務がある」と判断し、会社に対して、従業員への損害賠償を命じました。

このように、産業医は、法律上は中立的な立場であるとされていますが、実際には、会社との関係性によって、従業員にとって不利な立場に立たされる可能性もあるのです。

そのため、産業医に相談しても改善が見られない場合は、人事部や労働組合といった第三者に介入してもらうことで、状況が改善する可能性があります。

産業医への苦情を言う際の注意点

産業医への苦情は、言い方やタイミングによって、その後の関係性に影響を与える可能性があります。

例えば、感情的に怒りをぶつけてしまうと、産業医も身構えてしまい、冷静な話し合いが難しくなる可能性があります。

これは、あなたが友人と喧嘩をしてしまった時と同じです。感情的に相手に気持ちをぶつけてしまうと、相手も感情的になってしまい、冷静に話し合いをすることができなくなってしまいますよね。

産業医との関係性においても、冷静に話し合いを進めるためには、感情的にならず、落ち着いて自分の気持ちを伝えることが大切です。

また、産業医の診察中に、他の社員がいる前で苦情を言うのも適切ではありません。プライバシーに関わる情報が漏洩する可能性もありますし、他の社員に気を遣わせてしまう可能性もあります。

これは、レストランで食事をしている時に、周りの人に聞こえるような大声で話さないように気を遣うのと同じことです。産業医への苦情は、周りの人に聞かれないように、個別に伝えるようにしましょう。

産業医への苦情は、冷静かつ適切な方法で伝えるように心がけましょう。

産業医に苦情を言った後の対応とフォロー

勇気を出して産業医に職場環境や健康に関する苦情を伝えた後、その後の対応やフォローがどうなっていくのか、気になる方も多いのではないでしょうか。この章では、苦情を伝えた後の流れと、産業医がどのようにフォローしてくれるのか、具体的な例を交えながら解説します。

産業医への苦情の提出後の対応

産業医は、労働者から苦情や相談を受けた場合、まずその内容をしっかりと確認します。例えば、「上司からのパワハラが原因で眠れない」という苦情であれば、具体的にどのような言動があったのか、それがどれくらいの頻度で起こっているのかなどを詳しく聞き取ります。

この聞き取りは、まるで探偵が事件の真相を探るように、丁寧に進められます。単に言葉の上辺だけでなく、表情や声のトーン、話しながらの体の動きなども観察することで、本当に苦しんでいるのか、状況は深刻なのかを見極めようとします。

その後、産業医は会社に対して、苦情内容に基づいた改善策の提案や助言を行います。この際、重要な点は、個人が特定できるような情報を会社に開示しないということです。例えば、会社にパワハラの事実を伝える際には、「Aさんからこのようなパワハラを受けている」と具体的に伝えるのではなく、「複数回にわたり、業務上必要かつ相当な範囲を超えた叱責を受けている従業員がいる」といったように、個人が特定できないように配慮します。

これは、学校の先生がお父さん、お母さんに子どもの悩みを伝えるときのようなものです。「〇〇さんがこんなことを言っていました」と特定してしまうのではなく、「最近、周りの友達と、こんなことで悩んでいる子が何人かいるようです」といった伝え方をすることで、プライバシーを守りながら問題解決を促せることがあります。

このように、産業医は、労働者のプライバシーを守りつつ、会社と協力してより良い職場環境を作っていくために、橋渡し的な役割を担っています。近年、産業医が法廷に関与する機会が増加しています。これは必ずしも産業医が「被告」の立場になるということではありません。労働者の休職や復職に関する裁判で、産業医が意見を求められたり、証言を求められたりするケースが増えているのです。

産業医によるフォローと改善策の提案

産業医は、会社に改善策を提案するだけでなく、苦情を伝えた労働者に対しても、定期的な面談などを通して、その後の状況をフォローします。面談では、改善策が実施されているか、労働者の体調や精神状態はどう変化したかなどを確認します。

まるで、ガーデニングが好きな人が、種を蒔いた後、芽が出てきたか、水は足りているか、日当たりは良いか、と気にかけ、様子を見守るように、産業医は、労働者の状況を定期的に確認し、必要があれば手を差し伸べます。

もし、改善が見られない場合は、産業医は再度会社に働きかけを行い、状況に合わせて、より効果的な改善策を検討していきます。

例えば、職場環境の改善のために、労働時間の短縮や休暇の取得を会社に勧めることがあります。また、労働者の精神的な負担を軽減するために、カウンセリングの利用を提案することもあります。産業医は、労働者の立場に寄り添いながら、状況に応じて様々なサポートを提供することで、労働者が安心して働き続けられる環境を作ることを目指します。

まとめ

この記事では、産業医の役割と権限について解説し、産業医に苦情を言いたい場合の手続きや注意点などを詳しく説明しています。産業医は、労働者の健康を守るために、職場環境の改善や健康管理のアドバイスなどを行いますが、会社に対して「強制力」を持つわけではありません。そのため、産業医に相談しても改善が見られない場合は、人事部や労働組合などに相談する必要があることを強調しています。また、産業医への苦情は、冷静かつ適切な方法で伝えるように心がけるべきであり、感情的に怒りをぶつけたり、他の社員がいる前で苦情を言ったりすることは避けましょう。産業医は、労働者のプライバシーを守りつつ、会社と協力してより良い職場環境を作っていくために、橋渡し的な役割を担っています。

参考文献

  • 三柴丈典『産業医が法廷に立つ日』(労働調査会・平成 23 年)
  • 片山組事件(最一小判平 10・4・9 労判 736 号 15 頁)
  • 荒木尚志『労働法〔第 4 版〕』(有斐閣・2020 年)